大阪府大阪市東成区で就労継続支援A型事業所『たつひろ深江橋事業所』を経営されている尾曲辰朗さま。
37年間もの間ファミレスで経験を積んだ後に自身も飲食店のフランチャイズに加盟し、高齢者向け事業なども手がけてきた尾曲さまは、2019年からデリバリー事業『やどかり弁当』に取り組み、2020年からは『はぐくみ弁当』を取り入れ障害福祉事業を開始しました。
2024年10月現在では28名の障がい者を雇用し、5名もの一般雇用者を排出してきた尾曲さまは、今後さらに充実した支援を目指すため、障がい者グループホーム事業の『はぐくみ住まい』の開業の準備を進めていますが、なぜ居酒屋チェーン店の経営者が福祉事業に進出したのでしょうか。
尾曲さまのこれまでの背景や福祉への思いなどについて、GLUGコラム編集部の岩本がお聞きしました。
課題
- 既に加盟していたフランチャイズのサポートに不安があった
- 居酒屋での売上に限界を感じていた
- アイドルタイムを活用するなどした新規事業を探していた
実行
- 「やどかり弁当」「はぐくみ弁当」にお取り組み
- 一般就労に向けても支援開始
- GLUGの提案に基づいた営業活動を開始
結果
- 60名もの雇用を創出できる売上をつくれた
- サービス利用者5名を一般就労に送り出せた
- 福祉事業の拡大という展望が持てた
経営を早急に立て直せるインパクトのある事業が必要だった
岩本:あらためて、どのような背景でGLUGの『やどかり弁当』ならびに『はぐくみ弁当』にお取り組み頂いたのでしょうか?
尾曲さま:私はファミレスで約37年間従事した後に、フランチャイズの居酒屋や高齢者向け事業などを経営していました。
居酒屋のフランチャイズは当時、経営自体は上手くいっていない訳ではありませんでしたが、居酒屋としての売上の限界も見えていたなかで、店舗の空いている時間や設備を活用した事業がないかと模索していました。
そのときちょうどGLUGの営業の方からお話を聞く機会があり、デリバリー事業での売上の拡大とターゲットユーザーとの接点増加のために『やどかり弁当』への取り組みを決めました。
飲食店の経験はあるものの本格的なデリバリー事業の構築は初めてであり、採用やオペレーションの構築などの準備は大変でしたし、スペースや人員的な余裕のなさからも、正直当初は大きな売上の軸にしようとは思っていませんでした。
しかしそこで大きな転機が訪れました。コロナウィルスによる感染爆発です。
経営していた居酒屋のフランチャイズ本部のサポート内容には以前から不安を感じており、オープン時こそ本部の研修やサポートがあったものの、その後は年に数回の臨店ぐらいしかフォローしてもらえることはなく、経営が危なくなったときに大丈夫だろうかと感じていました。
まさにその不安が的中しました。社会的な外出自粛が始まり、弊社でも売上が7割から8割ほど減る事態になっても、メインの事業である居酒屋の本部からのサポートは期待できません。急遽、デリバリー事業をどのように拡大するかが経営上の課題になりました。
販売食数を伸ばすにあたり、どのような販促をおこなえば良いか、どのように効率的に作成・配達すれば良いかというGLUGさんのサポートは非常に助かりましたし、結果は順調に反映されていきました。しかし一方、店舗のスペース的に作成できるお弁当数の上限も見えている。次の一手も考えなければならない状況で、再度営業の方に相談したところ、デリバリー事業に福祉を組み合わせる『はぐくみ弁当』のご提案をいただきました。
これまで福祉事業について触れることはありませんでしたが、「障がい者を雇用し働く機会と訓練を提供することで国から報酬を受け取る」というビジネスモデルを聞いたとき、デリバリー事業と非常に相性が良いという印象を受けました。
また、増加を続ける障がい者数や、それに対して障がい者が働くことができる事業所の不足率、そして全国の店舗の利益実績を聞いたとき、「このデリバリー事業を経営全体の核にすることができるモデルだ」「いまの課題を解決しつつ、社会貢献にもつながるのか」と感じました。しかしそんな美味い話もないだろう、と思ったのも事実です。
だからこそ、既に福祉事業に取り組んでいるGLUGさんのクライアントの見学会に参加したときは驚きの連続でした。「障害福祉とはいえ就労継続支援A型事業では比較的軽度の障がい者が働く」とは聞いていたものの、30名近い方が非常に正確かつスピーディーにお弁当を作成しており、誰が障害をお持ちかも正直わからない環境がありました。
経営者の方とお話をしてみても「なかには一般スタッフよりも早かったり真面目に働いてくれる人もいる」「ここを卒業して一般の社員として活躍している人もいる」とお聞きし、デリバリー事業の拡大だけでなく既存の事業との相乗効果も出せると感じ、障害福祉事業『はぐくみ弁当』への取り組みを決めました。
障がい者の雇用が、福祉が、経営に”力”をくれた
岩本:未経験からの福祉事業取組ということで、大変なこともたくさんあったことと思います。もちろんメリットもあったかと思いますが、それぞれどのようなことがありましたか?
尾曲さま:まず大変だったこととしては福祉事業の立ち上げと、施設を利用する障がい者(利用者)さまの採用。それによるキャッシュフローの悪化のプレッシャーでした。
福祉事業を立ち上げるにあたり福祉法人・お弁当の製造拠点を別につくることにしたのですが、それらの初期費用も想定より大きく、また雇用から報酬の受け取りまでタイムラグがあるという福祉の特性上、取り組み当初のキャッシュフローの悪化は見えていたため、どのようにデリバリーでキャッシュをつくりまわしていくかがカギとなりました。
幸い、製造拠点の設立によりお弁当を大量に作成する環境はできているため、シンプルに販売食数を伸ばせば良い。ここではGLUGさんからサポートしてもらった販促ノウハウやツールをフルに活用して愚直に活動して月20個ずつ販売食数を増やし、いまでは一日660食程度販売できています。
それによりコロナ禍により居酒屋で働けない従業員に福祉法人の方で働いてもらったり、デリバリー先に本業の居酒屋の販促をおこなうことで店舗の売上も回復してきたりと、本業との相乗効果もしっかりあったのではないかなと思います。
また立ち上げ当初は難航した利用者さまの採用もGLUGさんからの支援のおかげで軌道に乗り、いまでは28名が安定して働いてくれています。ここで嬉しい誤算だったのが、利用者さまが想像以上に優秀なうえ真面目に働いてくれることでした。
毎日のルーチンで気が抜けてしまったり、手を抜いてしまうということはどのような人でもある仕方ないことだと思いますが、利用者さまは非常に辛抱強く、こだわってやってくれる。また「障害を持っているからできないかも」ということが自分の思い込みでしかないことにも気付かされました。障害特性や個性によって得意な仕事は違えど、仕事をきちんと分解して教えてあげればできるようになるんです。
なので福祉の開業当初はお弁当の盛り付けだけのお仕事でしたが、いまでは調理や清掃だけでなく、事務作業や軽作業、さらには外注として請けたハウスクリーニングのお仕事もお任せしています。
利用者さまがいなければ、現在の毎日660食のお弁当の作成・デリバリーなんて到底実現できなかったと思いますし、実現できていなければ経営の立て直しもできていなかったと思います。もちろんGLUGさんのサポートも必須だったと思いますが、いまの会社の経営は利用者さまの雇用、ひいては福祉に自分も助けられたものだと思っています。
『福祉サービスをしっかり提供する』から経営が成り立つ
岩本:これから福祉事業、特に就労継続支援A型を検討されている方がいたとして、尾曲さまでしたらどのようなポイントに気を付けるべきだとアドバイスされますか?
尾曲さま:就労継続支援A型の利益構造自体は意外とシンプルで、収益の軸である事業売上と給付金をどれだけ増やせるかということに尽きます。逆にいえば私はこの2軸を増やすためにどのようなマネジメントをすれば良いかということを考え続けています。
事業売上については障害を持っていてもやれる作業が年間を通してあり、それにより利用者さまの給与を支払える売上がつくれるお仕事でなければいけません。要件を満たしていればどのような仕事でも良いと思いますが、デリバリーはその条件にピッタリ合うと思います。
一方、給付金の増加についてはしっかり考える必要があります。一言でいえば「利用者さまが増えていけば給付金も増加する」ということなのですが、その気持ちで人を集めても決してうまくいかないでしょう。
障害をお持ちの方には一人ひとり課題や悩み、将来に対しての不安があり、なかには障害を理由にやりたいことを諦めてしまっている方もいらっしゃいます。そのような方々に働く機会を通じてさまざまな経験をしてもらうことで、ご自身と向き合い、やれることを増やし、より良い社会生活を送れるように支援するのが就労継続支援A型事業所です。
その前提をはき違えてしまえば適切な支援なんてできませんし、思うようなサポートをしてもらえない事業所に通い続けたい方も、大切なご家族を預けたい方もいないでしょう。
だからこそどのような支援方針を持ち、どのようにマネジメントしていくかをしっかり考え実践し続ける必要があると私は思います。稼ぐために就労継続支援A型をやるのではなく、就労継続支援A型としてしっかり支援するから経営が安定するというプロセスチェンジをおこせるかどうかは重要でしょうね。
この考え方を持っていると、もちろん事業所を知ってもらうための活動は必要ですが、ある程度は勝手に人が集まるようになり、辞めていかなくなります。しっかりと福祉をやるからこそ経営がまわり、経営資源が潤沢になればより手厚い支援ができ、社会貢献にもつながっていきます。
例えば出産のため休職した利用者さまから「絶対に戻ってきたいから籍を残しておいてほしい」といっていただけたり、入所時より障害が重くなってしまった利用者さまのご家族から「これからも一緒にサポートしてほしい」といっていただけたり……経営者として、これは他の仕事ではなかなか得られない体験ではないかなと思います。
また、弊社では開業当初から働いてくださっていた利用者さまが現在では支援員をやっており、利用者さま全体をまとめてくださっています。その成長っぷりに外部の福祉事業所の方も驚かれていましたね。
利用者さま一人ひとりにしっかり向き合うのは当然のことながら、それをどのように可視化し、仕組み化できるかも重要です。例えば弊社で実施していることとして、満足度向上に向けて健常者のスタッフや支援員全体に利用者さまを割り当て、最低月一回はアセスメントを組むなどをしています。
相手が人である以上「これをやれば正解」ということはありません。ただしどうすればより良くなるか、仕組み化できないかを考え続けることが重要だと思います。
仕事だけでなく、将来や生活まで包括した支援を
岩本:最後に、現状の尾曲様の課題と今後の展望を教えてください。
尾曲さま:現状の課題でいえば、直近のものと中長期的なものの二つがあるかなと思います。
直近のものでいえば事業売上を増やすため、つまりデリバリーの売上・利益の最大化のため、配達ルートをどこまで効率化できるかですね。お弁当の販売個数はまだまだ伸ばせると感じていますし、事業売上が増加すればさらに多くの利用者さまを雇用できます。だからこそ配達の効率化もこの事業の核になってきます。
中長期的なものでいえば、やはり一般就労に移行する利用者さまをどのように増やしていくか、そして会社としてどのように利用者さまやスタッフの将来設計に携わるかという点です。
就労継続支援A型では「いまは通常の会社で働くことが難しい」という方に働く機会を提供しますが、そのなかでも「いつかは一般雇用として働きたい」という気持ちを応援すべきですし、それを実現できるようサポートしなければならないと思います。弊社でも5名の一般就労者を輩出していますが、ここをもっと増やすための動きや仕組みづくりが必要です。
例えば、弊社のなかでいえば別法人での一般就労としてのポジションをもっと増やせないか。例えば、同じ地域の他の会社に障がい者がどれほど働けるかを知ってもらい、一般就労先の候補になってもらえないか。やれることはたくさんあります。
その一つの手として、弊社では2023年の9月から就労定着支援事業も開始しています。自社から卒業した利用者さまのその後のサポートができるという点もありますし、『たつひろ』を利用していない方でも一般就労として定着する事例が増えれば、少しずつこの地域の会社の障がい者に対するイメージを変えていけるのではないかと思っています。
そのためにもGLUGさんには一般就労に移行するための移行先の開拓という点で、今後もサポートいただけると嬉しいですね。
そして中長期的な課題のもう一つ、利用者さまやスタッフの将来設計について。弊社も事業が少しずつ大きくなり、いまではこの就労継続支援A型事業所だけで60名が働いています。今後もさらに増えていきますし、利用者さまの仕事だけでなく生活の支援もできるよう『はぐくみ住まい』で障がい者グループホーム事業の準備も進めています。
就労定着支援事業もそうですが、福祉の会社として包括的なサポートができればより多角的な利用者さまの支援につなげられます。そしてサポートの種類を増やすということはそれだけ多くのポジションが生まれ、人員が必要になります。
先にお話しした、利用者さまから支援員になってくれた方のようなパターンをもっと増やしていくということもできると思いますし、健常者のスタッフについても一人ひとりの将来設計に応じた仕事をどのように創出していくかを考えなければなりません。
利用者さまだけでなく、スタッフ一人ひとりにも寄り添って、それぞれのキャリアプランを柔軟に思い描ける、そんな会社にしていきたいと思っています。
GLUGさんにはこれまでも様々なサポートをしていただきましたが、これからも弊社の拡大に向けてより一層ご支援をお願いします。全国のクライアントデータが集約しているのは非常に強いと思いますので、今後はそこも活用して弊社のデータ経営化にもご協力いただければと思います。
岩本:弊社でお力になれることであれば何なりと仰ってください。本日はありがとうございました。今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。
<尾曲さまの事業所>
成功事例の秘訣はこちら