秋田県男鹿市で就労継続支援A型事業所『スプレッド』を経営されている竹谷一広さま。
かつては50年以上続く飲食店『省吾』、地元の海産物の加工・販売をおこなう『ひろまる食品工房』を経営されていた竹谷さまは、2019年にデリバリー事業『やどかり弁当』に取り組むことを決め、そこからわずか1年半で福祉事業『はぐくみ弁当』へのお取り組みを決定されました。
2024年10月現在では38名もの障がい者を雇用し、2事業所めの設立に動いている竹谷さまですが、なぜ食に関わる会社を経営されていたところから福祉の道に進むことを決められ、いまどのような想いで経営に向き合っているのでしょうか。
竹谷さまのこれまでの軌跡と今後のビジョンについて、GLUGコラム編集部の山木がお聞きしました。
課題
- 経営の多角化・安定化をしたかった
- 福祉への恩返しがしたかった
- 福祉に対するノウハウがなかった
実行
- 福祉×デリバリー事業『はぐくみ弁当』に取り組み
- コロナ禍でも粘り強い活動・支援を継続
- GLUGのサポートのもと運営を改善
結果
- 24年度に約1億2,200万円の売上見込み
- グループ全体で相乗効果
- A型事業所を男鹿市を中心に増やしていく
福祉に踏み出したのは「恩返し」の気持ちからだった
山木:はじめに、竹谷さまが『やどかり弁当』ならびに『はぐくみ弁当』にお取り組みされた背景からお聞きしてもよろしいでしょうか?
竹谷さま:『省吾』は父の代から続く飲食店で、正直最初は継ぐ気はありませんでした。しかし当時、男鹿市の港周辺は非常に賑わっており、「手が回らない、戻ってほしい」と父から呼ばれ、私が31歳の頃に経営に携わるようになりました。
その後、経営を安定させるために事業の多角化をしようと考え、地域の社員食堂や市役所の売店の運営などにも着手しましたが、男鹿市では既に人口の過疎化が進んでおり、やがて飲食だけでは厳しくなるだろうなと感じていました。
そこで待つ商売だけでなく売りにいける商売をしようと考え、秋田県の水産物の加工・販売をおこなう『ひろまる食品工房』を設立したのですが、工場ができた年に脳幹出血で妻が倒れました。すぐに病院に行けたため一命は取り留めたものの、障害が残ってしまいました。
お医者さまからは「リハビリを頑張っても改善は難しいだろう」と言われましたが、それでも皆様は必死でリハビリの支援をしてくださりましたし、その際に障害福祉のサービスも複数利用させてもらいました。妻は4年前に亡くなりましたが、妻もわたしもその時に本当に多くの方にお世話になりましたし、そのころから「いつか福祉に対して恩返しをしたい」と考えていました。
一方、会社については『ひろまる食品工房』設立から5年が経ち、試行錯誤の末なんとか経営も軌道に乗ってきていましたが、まだまだ安定させねばならないというフェーズでした。ここで何か新たな手を打たなければならないと考えていたところ、GLUGの営業の方とお話しする機会がありました。
正直、最初『やどかり弁当』についての提案を受けたときは、良い事業ではあるものの弊社に取り入れるかというと微妙かもしれないと感じていました。役所や企業、病院などで働く方々にデリバリーをするというモデルは安定するだろうとは思ったものの、弊社の成長において爆発的な推進力になり得るかというとどうだろうかと。
しかしそこで営業の方から「まずはデリバリー事業を安定させてからですが、ゆくゆくは障害福祉を組み合わせませんか」という提案を受け、これは運命かもしれないと思い直しました。
福祉事業を始めることを前提に改めてお話をお伺いすると、福祉をやりたいが右も左もわからない私にとって非常に魅力的な事業と感じました。開業するために必要な書類作成や関係機関とのやりとりから、福祉事業として経営を安定させるためのサポートまでいただけて、デリバリーにより多くの人への販売チャネルも構築できる。現状の事業だけでなく今後の事業展開においても様々な相乗効果をもたらせる、経営の基幹になってくれるのではないかと。
福祉事業のなかでも「就労継続支援A型事業である」という点でも背中を押されました。就労継続支援A型は障がい者に働く機会を提供し、働くためのスキルを得るための訓練をおこなうことで国から報酬を受け取りますが、男鹿市には就労継続支援A型事業所がなく、障がい者が働きたくても働けないという状況がありました。「福祉に恩返しをする」ということを考えたとき、自分が男鹿市のこの状況を変えられたとしたら、それほど素晴らしいことはないのではないかと考えました。
その後、GLUGのクライアントで福祉を既にやられている事業所も見に行き、経営者の方からメリットやリスクについてもお聞きしたうえで、やはりこれは絶対にやるべきだと思い、福祉を始めることを決意しました。
立ち上げた弊社の福祉法人『株式会社スプレッド』は「広がっていく」という意味から名付けています。この地域に福祉が、私が受けた恩返しが、そしてこの事業所に関わったすべての人に笑顔が広がっていけば良いなと、そのような気持ちで経営を続けていきたいと思っています。
裏技はない。不測の事態でもコツコツと積み上げていくだけ
山木:竹谷さまはデリバリーも福祉もこれまで未経験だったかと思いますが、どのようなポイントが大変でしたか?
竹谷さま:様々な想定外のことが発生したので、適応していくことが大変でしたね。
まずデリバリーについては、販売開始の初日から300食の注文が入りました。GLUGのサポート通りの事前告知を実直にやったとはいえ、本当にこれだけ売れるのかという嬉しい驚きがありました。一方、注文が入ったということは当然、それだけのお弁当を作成し、お昼までに配達をしなければなりません。GLUGのSVの方にも現場のサポートに入ってもらいましたが、それでも本当にドタバタだったなという記憶があります。
また、序盤は販売個数がなかなか読めなかったことによる仕入れの調整やオペレーションの構築、販促の活動量の担保なども難儀しました。350食以上売れる日もあれば200食にいかない日もあるなかで、一日の流れやスタッフの動き方も大きく変わり、そのため継続的な販促もできなくなったりと悪循環に陥っていたと思います。安定するまでは大変でしたね。初日から大きな売上がつくれたのは事実ですが、弊社の場合は食品加工の事業もあったため、いま思えばエリアを絞って少しずつ売上を伸ばすというのも手だったのかなと、いまでは思うところです。
福祉についてはGLUGのサポートもあり開業や運営体制の構築は滞りなくできましたが、開業のタイミングがコロナウィルスの襲来とバッティングしたこともあり、利用者(施設を利用する障がい者)さまの採用に苦労しました。
就労継続支援A型事業は利用者さまをどれほど採用し、働き続けてもらうかが経営としての利益に直結します。しかしお伝えした通り、それまで男鹿市には就労継続支援A型事業所は存在しておらず、利用者さま本人や、利用者さまと普段関わることのある各関係機関に認知してもらう必要がありました。
しかしコロナ禍による外出自粛のうごきがあるなかで、地域の役所やハローワーク、相談支援事業所に弊社の事業所を知ってもらうための広報活動もできず、利用者さまの応募もなかなか増えず。とはいえ、嘆いていても状況が好転することはありません。広報活動もそうですが、利用者さまがより働きやすい環境や支援体制の構築など、その時にやれることを粘り強くやろうと決めました。
新規の利用希望者さまの応募がなかなか来ないからこそ、採用した利用者さまには長く働きたい職場にする必要がある。長く働きたい職場とは何か、良い支援が受けられる職場とは何かを考えたとき、『スプレッド』の名に込めたよう、誰もが笑顔で働いている場所だろうというのが私の結論でした。
利用者さま一人ひとりの障害特性に合わせて就労の支援をするというのは、就労継続支援A型事業所としてはあくまで基本です。そのうえで、より楽しく、それぞれが仕事で活躍できるようサポートし、本人が成長を実感できるよう褒め合える環境をつくっていくこと。泥臭いかもしれませんが、それこそがゆくゆくは利用者さまの集客・定着につながるだろうと信じ、環境づくりに注力し続けました。
やがて少しずつ認知が拡がったのか、利用者さまの応募も増え始め、現在は38名もの利用者さまに働いていただいており、むしろ4名待っていただいているという状況になりました。苦しい時期は確かにありましたが、GLUGの支援もあり間違ったことはしていないと思えていたので、あとはコツコツと積み上げるということができるかが重要ではないかなと思いますね。
自分の恩返しをしながら、経営面でもうまくまわりだした
山木:デリバリー・福祉それぞれが安定してきて、どのようなメリットがありましたか?
竹谷さま:経営の面からいえば、これまで多角化を進めていた各事業と大きな相乗効果を生み出せました。
弊社では飲食店や食品加工工場のほか、地域の社員食堂や売店の運営などのなかで幅広いお仕事があるため、利用者さまの障害特性に応じた仕事をご用意できます。逆にいえば各事業の仕事をお任せすることができるため、それぞれの人件費の削減や人手不足の解消につながりました。
また仕事をお任せするにあたり、各事業の業務の棚卸し・マニュアル化をしたのですが、これにより属人化していた業務が可視化され、誰でもできるよう業務フローの改善にも成功しました。
いまでは各事業にもともといた社員の多くが福祉事業の指導員となり、業務の外注費として処理できています。事業全体でこれだけのメリットがありながら、さらにデリバリーによる販売チャネルも手に入り、国からの報酬も入ってくる。現在では毎日250名ほどにお弁当を届けており、月800万ほどの報酬を受け取っていますが、安定した経営基盤としてなくてはならない事業になってくれたと感じています。
これもGLUGのサポートのおかげだと思っています。開業の支援ももちろんそうですが、運営のサポートが非常に大きい。採用の進め方や報酬の加算の取り方もわかりませんでしたし、GLUGがいなければ月々の国の報酬額もいまと大きく違ったでしょう。
また、周囲の福祉事業所などは法改正に対応しきれずに倒産するケースも多いと聞いています。実際、近隣で53名もの利用者さまを抱えていた事業所も運営が続けられなくなり、一部の利用者さまについては弊社で引き継ぎました。GLUGがいなければ、もしかしたら弊社も法改正に対応できなかったのではと考えるとゾッとします。
安価なコンサルティングフィーでこれだけのサービスを受けられるのは非常に大きいですし、他のコンサルティングサービスを受けていたらとんでもない金額になっていたと思います。また、全国にクライアントがいるからこそのノウハウの厚さも頼もしい。金額・質ともに助かっています。
自分だからこそできる恩返しを男鹿へ、秋田へ拡げていく
山木:最後に、今後の経営における展望を教えてください。
竹谷さま:福祉事業の拡大ですね。それに尽きます。
経営的にも安定するというのももちろんありますが、こんなにやりがいがある仕事はなかなかないと思います。働いてくれている利用者さまやそのご家族から嬉しい言葉をいただく機会も多いんです。近年では近隣の特別支援学校から毎年何名かが実習に来るのですが、弊社で2週間仕事してもらって、その仕事ぶりを見たお母様から「ウチの子がこんなにできるようになるなんて」と泣きながら感謝してもらうこともありました。
私は恩返しをしているつもりでも、それに対して感謝していただける。そういった感謝の循環をつくれる福祉は素晴らしいものだと思いますし、一人ひとりができなかったことができるようになったり、自分の仕事に自信を持てるようになったり、そうしてやがては立派な戦力として一般就労できるようになったりと、その姿を見ていると本当にやりがいを感じます。
だからこそ私はまず、この就労継続支援A型事業所ではいかに一般就労者を多く出していくか、いかにより多くの仕事をつくるかをミッションにしています。これまで他社に2人、自社の事務員として1人の計3人の一般就労者を輩出していますが、もっともっと社会で活躍できる方を増やしていかねばなりません。そのためには仕事の種類を増やし、利用者さまそれぞれが得意な仕事や楽しめる仕事を見つけられる機会をつくらねばなりません。男鹿市では働けていない障がい者さんもまだまだ多く、やることはたくさんあります。
そのためにも福祉事業の拡大を進めます。まず2024年11月と2025年4月に就労継続支援A型事業所を追加で開業します。それに並行して障がい者グループホーム事業の開業も進め、利用者さまの生活面も支えられるよう体制を構築したいと思っています。
就労継続支援B型事業所は男鹿市にもあるので、私は私にしかできないこと、つまり就労継続支援A型事業所を増やしていきたいですね。また障がい者グループホームで利用者さまの生活面でのサポートもできれば、より社会的スキルをみがくことや生活リズムの安定にもつながり、それはつまりA型事業所への出勤率の向上や一般就労数の増加に直結します。福祉事業を多角的におこなうことで、またここでも相乗効果を出せると考えています。
男鹿市は労働人口の減少が進み、特に観光・サービス業が人手不足となっています。ゆくゆくは、それを弊社の就労継続支援A型事業所の生産活動として、そして利用者さまの卒業先として連携していくことで、福祉の力で人手不足を解消できたら……なんて想像しています。
私がかつて受けた恩返しは終わっていません。むしろ、会社名に恥じないようにもっと拡げていかなければならない。GLUGには引き続き、そのサポートをお願いしたいですね。
山木:竹谷さまの恩返しに、ぜひ伴走し続けさせてください。本日はありがとうございました。
<竹谷さまの事業所>
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