大阪府茨木市で就労継続支援A型事業所『ジョイフラット』を経営されている森垣廣昭さま。
2021年から福祉事業に取り組まれ、いまでは31名もの障がい者を雇用している森垣さまですが、本業は実に40年以上続く、地元に愛されるお弁当屋さん『デリカショップモリガキ』を経営されています。
日によっては800食以上を販売していたお弁当屋さんが、なぜ福祉事業に取り組むことを決め、今後どのような事業展開を考えているのでしょうか。
森垣さまの経営者としてのこれまでの道のりと、今後目指す未来について、GLUGコラム編集部の山木がお聞きしました。
課題
- 多忙さと利益が見合わなかった
- 年間3日しか休みがつくれなかった
- 経営者として考える時間が持てなかった
実行
- 福祉×飲食事業『はぐフード』に取り組み
- GLUGのサポートのもと根強く採用活動を継続
- 経営と福祉のバランスをとるよう意識づけ
結果
- 人手不足を解消し、安定した収益を確保
- 休みや経営者として考える時間をつくれた
- 福祉事業の拡大を決意
福祉事業をやろうだなんて、自分が一番思いもしなかった
山木:まず、森垣さまが経営者となった背景と、福祉事業に取り組もうと思った理由をお伺いしても良いでしょうか
森垣さま:『デリカショップモリガキ』はもともとは両親が立ち上げたお店でした。40年ほど前、ちょうど「ほっかほっか亭」が全国にフランチャイズを広げていた時代で、両親も加盟を検討したみたいなんですけど、同じエリアに既に店舗があったので断念したそうなんです。それなら自分たちでやろうと立ち上げたのが『デリカショップモリガキ』と、それを運営する「株式会社二和商事」でした。
私も開業から5年ほど経った頃に手伝いを始めて、約20年前に父が他界してから事業を引き継ぎました。地域の方々に支えられて安定はしていたものの、5年ほど前に「これからは高齢者向けのお弁当が来るな」と思ったんです。でも、栄養価やカロリー計算まで自分でやるのは大変そうで、そこをサポートしてもらえるならと、あるFCに加盟しました。
正直にいうと、そのFCは想像以上に大変でした。販売数は増えるものの、正月の三が日以外は休めない。人手も足りなくて、採用するには時給を上げなければならない。でも、時給を上げると利益は消えるし、結局自分も現場に出る毎日でした。お弁当って食材原価と人件費をコントロールすることが利益に直結するんです。でも原価は下げ過ぎると品質が落ちて売れなくなるし、人を集めるには時給を上げるしかない。このジレンマで、心身ともに消耗していました。趣味だった旅行も行けず、本当に「何のために頑張っているんだろう」って思うこともありましたね。
そんな時に出会ったのが『はぐフード』でした。GLUGから「福祉とお弁当を組み合わせたモデルです」と紹介されたんですが、最初は半信半疑でしたよ。でも、話を聞いてみると、障がい者の方に働く機会と訓練を提供し、その報酬として国から給付金が支給される仕組みだと。これを聞いた瞬間、「うちのお弁当事業にぴったりじゃないか」と感じました。
先ほどお伝えした通り、弁当事業で利益を出すには、食材原価と人件費のバランスが重要。でも原価は下げられる限界がある。だから人件費を抑えたいけど、販売食数を増やすには人手が必要で、さらに時給を上げないと人が集まらない。この悪循環に悩まされていました。それが、はぐフードなら障がい者の雇用を通じて国から給付金が得られ、人件費の課題を解決できる。しかもGLUGさんは開業に必要な書類作成や関係機関との対応までしっかりサポートしてくれると聞いて、これならやらない理由がないと思いました。
とはいえ、福祉事業は完全に未経験でしたし、障がい者の方が本当にお弁当作りに携われるのかという不安も正直ありました。でも、GLUGでは全国に200ヵ所以上のクライアントが福祉とお弁当を組み合わせて経営していると聞いて、「これだけの実績があるなら安心だな」と思ったんです。
それでもやっぱり現場を見てみたいと思い、GLUGさんに紹介してもらって京都の「エムズ」という事業所を見学に行きましたが、心底驚きました。そこでは30名近くの障がい者の方が本当にスムーズにお弁当を作っていて、誇張じゃなく、誰が障がい者か一目では分からなかったんですよ。エムズの社長さんにも収益の状況や日々の流れ、運営で気をつけることまで詳しく教えてもらいました。
その時、「これなら自分たちでもやれるかもしれない」と思ったんです。私たちのお弁当事業と福祉が結びつけば、苦しいだけの経営から抜け出せるかもしれない。そんな思いで、「誰もが平等に喜びを分かち合える会社」を目指し、新たに「ジョイフラット」を立ち上げ、はぐフードに挑戦することを決めました。
福祉に取り組んで、経営と現場のバランスの大事さに気付かされた
山木:実際に福祉事業に取り組んでみて、どのような点が大変でしたか?
森垣さま:はぐフードを始めて良かったのは間違いないんですが、もちろん最初から順調だったわけではありませんでした。正直、最初の1年間はキャッシュが苦しくて、何度も不安になりましたね。
というのも、就労継続支援A型は給与を支払ってから国から給付金が入金されるまで2ヵ月のタイムラグがあるんです。お弁当事業は現金商売だから、回収が早いぶんこのサイクルには慣れていなくて。毎月の給与を払うたびに『本当に大丈夫か?』と頭を抱えていました。
それに追い打ちをかけたのが、報酬改定です。当初は5月に開業して半年間頑張れば、給付金の単価が上がる算段でいたのですが、福祉の報酬制度の改定で「4月からの1年間の実績が必要」になったんです。つまり、5月開業だと翌年4月まで実績が足りず、単価が上がるまで1年近く先延ばしになってしまいました。
さらにコロナ禍だったこともあって、開業して3ヵ月間は1人しか応募が来なかったんです。就労継続支援A型は何人の利用者(サービスを利用する障がい者)さまを雇用できるかで利益が大きく変わる仕組みですから、これは本当に苦しかった。
でも、緊急事態宣言が緩み始めたころからGLUGの採用活動のサポートもあり、年内にはなんとか8人まで増やすことができたんです。あの時は本当にホッとしましたね。
幸い、お弁当の売上はある程度安定していましたし、開業前に税理士から「念のため、可能な限りの融資を受けておきましょう」とアドバイスを受けていたんです。この融資が後々本当に助けになりました。資金の余裕は精神的な余裕にもつながるので、これは開業前に必ず準備しておいた方が良いと思います。
あと、経営と福祉のバランスを取ることも予想以上に大変でしたね。就労継続支援A型事業を運営するには「サービス管理責任者(サビ管)」という有資格者が必須なんですが、最初に雇ったサービス管理責任者はとても良い人でした。ただ、今思えば少し福祉寄りの考え方に偏っていたかもしれません。
基準がしっかりしすぎていて、採用がなかなか進まなかったんです。もちろん、障がいのある方を受け入れる以上、一定の基準は必要です。でも、経営の視点も踏まえてバランスを取るのは、結局、経営者である自分の役割なんですよね。あの頃は、そこまで考えが至っていませんでした。
ただ、その基準の高さが功を奏した部分もあります。本来は就労継続支援B型事業所に行くような障がいの重い方でも、ジョイフラットでは安定して働けるようになったんです。それが評判になって、「あそこの支援は手厚い」という信用が広がり、他の事業所からの紹介も増えました。
結局、経営者じゃなければ経営視点を勝手に持つことはありませんし、「福祉のことは専門家に任せる」だけでは経営が安定するまでに時間がかかるんですよね。今は、従業員に経営者としての考えをしっかり伝え、逆に福祉的な視点もちゃんと受け止めることを心がけています。お互いに歩み寄るためにはコミュニケーションが欠かせないと、改めて痛感しています。
こうして振り返ると、大変だったことも多いですが、その経験が今の安定につながっていると思います。やっぱり、一つの視点に偏らず、経営と福祉の両輪をバランスよく回すことが、事業成功のカギなんでしょうね。
福祉事業への一歩が、経営と地域貢献の未来をつくった
山木:始められた当初は大変だったんですね。一方、振り返ってみて、取り組んだメリットはございましたか?
森垣さま:福祉事業を始めて良かったことは、本当にたくさんあります。利益の増加と人手不足の解消は期待していた部分ですが、正直、ここまで効果があるとは思っていませんでした。
いまは31名の利用者さまがジョイフラットで働いてくれています。お弁当の販売食数が多い日でも、余裕を持って対応できる体制が整ったのは本当にありがたいですね。昔だったら、注文が集中したらスタッフ総出で対応して、気付いたら夕方なんてこともありました。でもいまは、スタッフも利用者さまへの支援を含めて視野を広く持って業務にあたれるようになりました。
利用者さまの働きぶりも想定以上でした。マルチタスクが苦手な方もいますが、そういった方は細かい作業や反復業務に非常にまじめに取り組んでくれるんです。例えば、お弁当の仕切りに決まった量の副菜を盛り付ける作業や、チラシを丁寧に折る作業など、「同じことを正確に繰り返す仕事」は驚くほど集中してやってくれます。「あれ、もう終わったの?」と驚かされることもありますね。
国からの給付金も月間約500万円ほど入るようになり、利益の面でも大きく改善できました。まだまだ伸ばせると感じていますし、従業員も私もしっかり休めるようになり、余裕のない働き方から完全に脱却できました。昔は「とにかく今日を乗り切ること」で精一杯でしたが、今は先を見据えた経営ができるようになりましたね。
想定外のメリットもありました。40年続けてきた会社が福祉事業を始めたことで、地域からの信頼がかたちになって表れたことです。開業してすぐ、特別支援学校の先生が「卒業生の受け入れ先として見学したい」と訪問してくれたり、同じ茨木市内の福祉事業所にDMを送っただけで3件の問い合わせが来たり。最近では「利用者さまが31名います」と伝えると、「ぜひうちの利用者もお願いしたい」と問い合わせが殺到しました。これは、長年地域でお弁当屋を続けてきた信頼が、福祉事業にも良い影響を与えてくれているんだと思います。
だからこそ、地域に還元したいという思いも強くなりましたし、利用者さまにも様々な仕事を用意してあげたいと思うようになりました。経営者として考え、動く時間もできたので、「スイーツ関係で働きたい利用者さまもいるだろうな」と思い、チーズケーキのお店を始めたんです。午前中はお弁当、午後はチーズケーキのお店という二部制にすることで、利用者さまの働き方にも柔軟性が出せるようになりました。
それに、地域から「常温で持ち帰れるケーキが欲しい」という声もあって、その需要にも応えられています。今後は地元の色をもっと強く出したいと思っていて、地元産の米粉を使ったクッキーや、見た目も可愛いアイシングクッキーも売っていく予定です。
アイシングクッキーって、作るのに手間がかかるんですよね。でも、就労継続支援A型のモデルなら問題にならないんです。時間をかけても、一つひとつ丁寧に仕上げてもらえるので、むしろクオリティが高くなります。売れるかどうかを心配するよりも、「どうすれば売れるか」を考える方が建設的ですし、それができるのが就労継続支援A型だと思います。もし売れなければ、子ども食堂に寄付するなど、売上にならなくても地域貢献につなげることができます。
GLUGさんと組んだメリットも大きいですね。開業から運営までのサポートはもちろんのこと、近隣エリアのクライアント同士で情報共有ができることもすごく助かっています。成功事例も失敗事例もリアルな話が聞けて、そこから取り入れた施策もたくさんあります。こういったネットワークがあるからこそ、事業の幅を広げるアイデアもどんどん出てくるんでしょうね。
振り返ってみると、就労継続支援A型事業を始めたことも、それをGLUGさんと一緒に進められたことも本当に良かったと思っています。お弁当事業だけでは得られなかった安定や地域とのつながりが生まれましたし、何より経営者としてやりがいを感じる毎日です。
「ここから未来が変わる」と、その一歩を踏み出せる会社でありたい
山木:森垣さまがイキイキ働けることになり、我々としても嬉しいです。最後に、現状の課題と今後の展望を教えていただけますか?
森垣さま:正直なところ、今のジョイフラットはようやく安定してきた段階です。でも、まだまだ成長できる余地はありますし、これで満足するつもりは全くありません。
GLUGさんが主催する関西のクライアント会に参加すると、同じ時期に開業した事業所がすでに定員いっぱいの40名を受け入れていたり、障がい者グループホームにも着手していたりという話を耳にします。そんな話を聞くと、「自分もまだまだ頑張らないといけないな」と刺激を受けますね。
実際、就労継続支援A型事業所は全国的に不足していて、茨木市内でも同様です。だからこそ、一人でも多くの方に働く機会を提供することが、私たちジョイフラットの使命だと思っています。そのためには仕事自体をもっと増やすことも必要です。まずは定員40名の利用者さまを安定して雇用できるようになることが、現状の最初の目標ですね。
でも、就労継続支援A型の最終的なゴールは「一般就労」です。ただ働く場所を提供するだけでなく、いずれは社会に羽ばたいていける力をつけてもらうことが本来の目的。今後は、一般就労に輩出する利用者さまを増やすことにも力を入れていきたいと考えています。
実際、ジョイフラットから一人、一般就労を達成した利用者さまがいます。その方は重度の精神障害を持っており、以前は安定して働ける状態ではありませんでした。軽作業や内職のような仕事が中心で、「今日は座りっぱなしだった」という日も珍しくないような方だったんです。
でも、チーズケーキのお店を始めたときに、真っ先に「そこで働きたい」と声を上げてくれたんです。正直、最初は心配もありました。でも、実際に働き始めると、一日立ちっぱなしでも平気で働き続けてくれたんです。もちろん最初は「疲れました」という言葉もありましたが、その表情はどこか誇らしげでした。いつの間にか、立派に仕事をこなす存在になっていましたね。
最近では顔つきも変わってきて、「自分の中で一皮むけた気がします」と話してくれるようになりました。しかも今では、チーズケーキだけでなく、お弁当の店頭販売にも積極的に参加してくれています。本当に嬉しい瞬間でしたし、こういう人をもっと増やしていきたいと強く思いました。だからこそ、利用者さまが「やってみたい」と思える仕事を広げていくつもりです。
ただ、一般就労といっても自社内だけでは働ける場所には限りがあります。毎年5名を一般就労に導けたとしても、それを5年、10年と続けるのは会社の規模的に難しいかもしれません。だから、自社だけに依存するのではなく、他社への就労支援も視野に入れる必要があります。
具体的には、一般就労先となる企業を発掘し、利用者さまがやれる仕事を増やすことです。実際、「一般就労なんて無理ですよ」と福祉関係者から言われることもありますが、私は「そんなことは絶対にない」と断言できます。変わっていく利用者さまの姿を何度も見てきましたから。
将来的には、人手不足が深刻な飲食業界を福祉の力で支えられるようになるのでは、と本気で思っています。飲食店は慢性的に人手不足です。でも、適切な支援とマッチングができれば、障がい者が重要な戦力になるはずです。
そして、就労継続支援A型事業所が安定すれば、さらに経営を拡大する道も見えてきます。新たなA型事業所を立ち上げてもいいし、うまくいっていない事業所をM&Aで引き継ぎ、再生させるという道もあると思います。
また、より支援が必要な方を受け入れる就労継続支援B型事業所をつくり、そこからA型、そして一般就労へとステップアップできる環境を整えるのも一つの目標です。加えて、障がい者グループホームを設立して生活面までサポートできるようにすれば、「働く」と「暮らす」の両面から安定した支援を提供できます。
いずれにせよ、ジョイフラットは就労継続支援A型事業所を軸に、福祉の会社としてさらなる拡大を目指していくつもりです。福祉事業に取り組んだことで得られた喜びや可能性を、もっと多くの人に広げていきたいですね。
山木:本当に素敵なお考えだと思います。その拡大に、ぜひGLUGも伴走させてください。本日はありがとうございました。
<森垣さまの事業所>
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