富山県滑川市で就労継続支援A型事業所を経営されている株式会社TOCOの池下陶子さま。
これまで10種近くものさまざまなお仕事を経験してきた池下さまは2014年に経営者としての道を踏み出し、カフェの開業と併せてデリバリー事業『やどかり弁当』への取り組みを決定し、そこからわずか1年後には福祉事業を開始しました。
多くの経験から何を思い経営者になろうと決意されたのか、カフェから始まった事業がなぜ福祉へと舵を切ったのか。
池下さまの経営についてのお考えやビジョン、これからについて、GLUGコラム編集部の山木がお聞きしました。
課題
- 経営についての知識・スキルがなかった
- 売上の軸をつくる必要があった
- 人手不足かつ人件費率が悪化していた
実行
- デリバリー事業『やどかり弁当』に取り組み
- 福祉事業『就労継続支援A型』を開始
- GLUGのサポートのもと運営を改善
結果
- 経営者として動けるようになった
- 人手不足の解消
- 安定した収益を獲得
経営者としての気概は十分。知識とスキルを補完する必要があった。
山木:まず、池下さまのこれまでのお仕事の遍歴と、経営者としてなぜ『やどかり弁当』、そしてさらに福祉事業をやられるようになったのかを教えてください。
池下さま:私はこれまで飲食店やガソリンスタンド、保険会社、建築会社、高齢者福祉事業所など、実に10種近くの仕事を経験してきました。
業種も幅広く経験し、営業や事務などさまざまなスキルが身につくなか、自身や家族のライフステージの変化などにより、自然と「より稼ぐためにいつか経営者を目指そう」という気持ちを持つようになりました。
そこで起業するきっかけとなったのは、建築会社で働いていた際に経営について社長と口論になったときに「池下さんだったらどうするのか」という言葉で、自分の理想をかたちにしようと思い独立を決意しました。
かつて実家の旅館業を手伝っていたことや飲食業の経験のほか、これまで働いてきた会社で社員にご飯を振舞った際に非常に喜んでもらえたことから、カフェを開こうと考えました。しかしカフェの業態だけでは収益的に厳しいだろうという見立ても持っていました。
また、私には多様な仕事の経験という強みはあれど、肝心な経営についての知識やスキルはありません。しかし、自分にないのであれば、知識やスキルを持っている会社と組めば良い。そこで、カフェ業態に組み合わせられるフランチャイズがないかを探し、GLUGに出会いました。
カフェ業態にデリバリー事業を組み合わせることによる経営的インパクトは大きく、待ちの経営ではなく自ら攻めていける手段を持てるということは非常に魅力的でした。しかしそれ以上に、GLUGはデリバリーにおいて全国での支援実績があり、クライアントのオーナー同士の情報交換・連携もできるうえ、本部のサポートも手厚い。独立・開業する際のパートナーとしてふさわしいと感じ、取り組みを決めました。
デリバリーは安定して販売食数も伸びていき、一日あたりの売上も安定して見込めるようになっていきました。最初はデリバリーでカフェの足りない売上を補填できればと思い始めましたが、いつのまにかデリバリーが主軸となり、カフェはデリバリー事業があるからやっていけるという逆転現象が起きていました。
しかし販売食数の伸びによって新たな問題も発生しました。人材不足、かつ個々の能力の差が顕著に現れ始めたのです。
当時はカフェのスタッフやパートさんのほか、シルバー人材にデリバリー事業の作業をお願いしていたのですが、お弁当の盛り付け作業の正確さやスピードに難があったり、人によっては当日突然お仕事に来なくなるなどがあり、日々のオペレーションがなかなか安定しませんでした。GLUGのサポートとしてメニューやレシピの考案、食材の発注、販促物の作成、オペレーションの構築などもありましたが、それらにより時間を削減しても間に合わなくなる日も出てきてしまいました。
当然、そのような方にも他スタッフと同様のお給料を払わねばなりません。人件費がもったいないと感じるとともに、当時は私も朝から晩まで現場に入らざるを得ない日も多く、そんな状況を変えたいと考えていました。
そのタイミングで、知人から福祉事業である就労継続支援A型事業について聞くタイミングがありました。障がい者に働く機会を提供し、働くためのサポートをすることで国から報酬を受け取るという内容は、まさに人手不足を解消しながら利益を増大できるソリューションであり、デリバリー事業との相性が非常に良いのではないかと感じられました。さらに過去に高齢者福祉の仕事をしていた際に送迎や国への申請業務に携わっていたことからも、自身の店舗でも始められるというイメージが湧いたため、すぐに就労継続支援A型への取り組みを決めました。
この判断の早さは、私を取り巻く環境によって障害というものに対して偏見が一切なかったということもあるかもしれません。かつて父が障がい者を雇用する会社にいたことや、両親とともに障害福祉施設に訪問する機会があったこと、叔母やいとこに障害があったことなどから、障がい者に関わるタイミングが多く、障がい者は決して「何もできない人」ではないと以前から知っていました。
また躁うつ病であるいとこが富山に帰ってくるにあたり「働かせてほしい」という声を受けたこともあり、障がい者が働ける場所をつくることで経営もうまくまわり、それぞれがお金も稼げるようになるのであれば、それほど良いことはないのではないかと考えました。
人のための福祉事業。だからこそ一層、経営目線を持つことが重要
山木:飲食と福祉は大きく方向性が異なるお仕事だと思いますが、福祉を組み合わせてどのようなポイントが大変でしたか?
池下さま:大きく3つあり、管理・国への申請、利用者(施設を利用する障がい者)さまの採用と定着、スタッフの教育ですね。
障害福祉事業は国から報酬を受け取るモデルなので当然ですが、ルールや管理しなければならない事柄が多く、申請などに必要な書類も多くなります。しかしずさんな管理体制や書類の抜け漏れがあれば報酬の減額や、最悪の場合は返戻・事業停止などの行政処分が発生します。
また利用者さまの給与は国からの報酬ではなく、事業の売上からお支払いしなければならないことから、カフェ・デリバリーの売上も落とせません。こちらも売上が不足すれば報酬の減額・停止につながりますが、全国の就労継続支援A型事業所の7割以上が基準を満たしておらず、2024年には329件が閉鎖しました。
福祉事業のルールは毎年国のルールも変わるため、その法規制にきちんと対応できる事業所でなければ厳しいだろうなと思います。とはいえルールや対応しなければならない事柄は明確なため、自社で必要な対応を事前にリストアップし準備を進めておくなどができる方には向いているといえるでしょう。
国からの報酬は利用者さまの人数と働く日数・時間によって増減するため、利用者さまの採用・定着についても経営状態に直結します。弊社では福祉事業の開業後、半年間は利用者さまが入所されなかったこともあり、当時キャッシュフローが悪化してしまいました。
また福祉事業の特性上、利用者さまへの給与のお支払いと国からの報酬を受け取るタイミングには2ヵ月のタイムラグがあるため、必然的にその点でもキャッシュフローは悪化します。採用は計画的におこなう必要があるといえます。
いまだから思うこととしては、2年から3年ほど耐えられるほど十分な資金を用意した方が良かったのかなと思いますね。そのうえで、利用者さまが勝手に集まらないことを前提に見学会を積極的に開催したり、逆に応募が増えすぎた場合は採用のタイミングを調整するなど、ある程度コントロールする意識を持った方が良いでしょう。
スタッフの教育については利用者さまの定着ともリンクします。就労継続支援A型では利用者さまの障害特性や得手不得手に応じた支援をするのは当然ですが、あくまで自立のための支援であるということと、一人ひとりが「これはビジネスである」という意識を持つことが重要だと考えています。
支援をするスタッフの人数や一日あたりに使える時間は有限です。利用者さまがどこまでの支援を本当に必要としているか、何人のスタッフがいるか、それぞれの支援レベルはどうかによって、いつ・誰に・誰が・どのような支援をすべきかは異なります。利用者さまが頼ってくれるからといって寄り添い過ぎてしまうと本当に必要な支援に割く時間がなくなるほか、自立の妨げにすらなり得てしまいます。
私は支援方針の作成や見直しなどはおこなうものの、あくまで経営者として立っており、具体的な支援方法は現場で利用者さまに関わるサービス管理責任者やそれぞれのスタッフに一任しています。しかし経営者として「運営が成り立たなければあなた達の給料も成り立たないし、ここにいる利用者さまも働き先がなくて困ってしまう。福祉の気持ちは当然大事だけど、常に全体のバランスを見て支援をするように」ということは伝え続けなければならないなと感じています。
先ほどお伝えした利用者さまの採用についても同様です。弊社に応募してきてくれた方はみなさん採用したいところですし、これまで大変なご経験があるほど支援をしてあげたくなってしまいますが、弊社の方針や雰囲気、そして現在の利用者さまと合うかという点を忘れてはいけません。利用者さま同士の衝突が頻繁に起こる事業所で気持ち良く働き続けられる訳もありません。支援したいという気持ちだけでなく、現在の支援体制でサポートできるかという経営者としての目線も持てるよう教育することが、結果的により良い福祉事業所を構築することにつながると考えています。
福祉を通して「経営者」になれたと感じる
山木:実際に福祉にお取り組みされて、池下さまにとってはどのようなメリットがありましたか?
池下さま:福祉事業は大変なイメージを持たれがちですが、就労継続支援A型では比較的軽度の障害をお持ちの方が来るということもあり、大変どころか本当に力になってくれています。
もちろん、みなさん最初から何でもできる訳ではありません。しかしそれは健常者も同様です。それに対し利用者さまは非常に真面目かつ素直な方が多く、一生懸命お仕事に向き合ってくれます。それどころか、障害特性や性格に合うお仕事が見つかると、健常者以上にミスがなかったり、作業が早かったりします。
また間接的な効果ですが、利用者さまのお仕事の幅を増やすために業務の棚卸しやマニュアル作成、手順の効率化などをおこなうことで、スタッフ一人ひとりや会社全体の最適化にもつながりました。それらにより生み出したお仕事で、利用者さまによってはやれることがどんどん増えていきます。なかにはそこから一般雇用した方もいますし、GLUGのサービスに取り組むことを検討されている方が弊社に見学に来られると「どなたが利用者さまか本当に分からない」と言っていただけます。
おかげで、福祉に取り組んでから一年後には人手不足も完全に解消し、私が現場に入る必要は一切なくなりました。もともとは早朝からお弁当の盛り付けに入り、配達が終わればカフェをオープンし、カフェが終わってから翌日の準備や営業活動に入るという働きづめの生活をしていたので、独立開業したものの経営者として考える時間は持てずにいました。今では経営状態としても安定しているため、さまざまな会社との商談や新規事業についての検討など、経営者として次の一手を考えるために時間を使えています。
そんななか、福祉事業を安定して経営しているという点で、周囲の福祉事業所や会社、銀行などからの高評価をいただく機会も増え、融資なども通りやすくなったように思います。私はもともと福祉の志がある人間ではなく、ビジネスとして福祉が弊社にとって最適であり、結果として多くの方に支援を提供できているだけなのですが、周りの方からの見え方は違います。おかげさまで経営者として動きやすくなりました。
これも経営者として必要な考え方のインストールや運営基盤の構築をしていただいたGLUGのおかげと思っています。分からないことや迷ったことは即座に解決できますし、400社以上の取り組みクライアントのネットワークから得られる多様な事例を自社に転用できる。今後は福祉事業の拡大に向けて、さらにお力を貸していただければと思います。
経営者となっても終わらない。安定・加速を同時に進めていく。
山木:最後に、今後の経営方針や事業展開について教えてください。
池下さま:この事業所の運営体制をより安定させることと、いまの体制を中心にさまざまな事業に拡大していくことですね。
利用者さまやそのご家族からは本当に多くの感謝の言葉をいただいていますし、お手紙をもらう機会もあります。これはスタッフの支援が適切であるということだと思うので、誇らしいとともに、私としても感謝の気持ちでいっぱいです。
一方、まだまだサービスを提供できていない障がい者もたくさんいます。富山県滑川市には就労継続支援A型事業所は2件しかないため、弊社側もより多くの方を受け入れられる体制をつくらねばなりません。たとえば直近であればシフトを二部制にし、朝から働くのは苦手な方や早めに帰りたい方も働けるようにしました。
併せて、一般就労に導く体制も強化しなければなりません。弊社では毎年一名から二名ほどの利用者さまが一般就労に移行しています。みなさまに「環境が良いから他に行きたくない」と言っていただけているのは嬉しいのですが、就労継続支援A型は働くための支援をする福祉サービスであり、一般就労がひとつのゴールです。また一事業所で働ける定員数もあるため、より多くの方にサービスを提供するためにも一般就労への移行者を増やす必要があります。
そのため、今後はより積極的に一般就労に送り出せるように仕組み化しようとしています。まずは一般就労に移行した方を呼んでお話を聞いたりコミュニケーションをする会を開催しようかと。やはり環境を変えるのは負担にもなりますし、そのための勇気も決意も必要です。ですが、その先にこそ見える景色があるというのを、弊社内で示していきたいですね。
事業拡大についてはさまざまな構想がありますが、いずれもこの就労継続支援A型事業所を中心に何かしていけたらと思っています。いまは周辺の会社から認知していただけていることもあり、多くの委託の業務のお話をいただいているのですが、年間通して業務があるのかという点や設備投資などの点から検討を進めています。
自分でなければできないことをどんどんやっていきたいですし、スタッフの給料も上げたいので、安定・拡大できたのちはM&Aも検討しています。これまでの多様な経験や、そこから経営者になって得た知識やスキルを活かし、私ならではの楽しいビジネスパーソン人生を歩んでいきたいですね。
山木:ぜひGLUGにもそのビジネスライフをサポートさせ続けてください。本日はありがとうございました。
<池下さまの事業所>
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